「働く女性全力応援セミナー」第1回 講演② 講演録

平成30年度働く女性全力応援セミナー

第1回「働くわたしたちのココロとカラダ」

 

【講演2】「実践!ストレスコーピング~いきいきと働き続けるために~」

 

□日 時:平成30924日(月)1450分~1620

□場 所:東京ウィメンズプラザ ホール

□講 師:洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長 伊藤絵美さん

 

●自己紹介

私は臨床心理士として長く精神科のクリニックでカウンセラーをしていました。その後は民間企業でメンタルヘルスの仕事をし、平成16年に認知行動療法というカウンセリングを提供する民間カウンセリング機関を開業して丸14年になります。

企業に出向き、研修で予防的な認知行動療法やコーピングの知識を伝えたりしていますが、この10年ぐらいは刑務所や少年院などに、再犯の予防、社会復帰のプログラムを行う目的で行くようになりました。

皆さんには無関係と思われるでしょうが、精神疾患や犯罪者に対するプログラムも、健康な人に対するプログラムも、実はコンセプトは一緒で、キーワードは「ストレス」です。ストレスと上手につき合っていくお話を、今日はさせていただきたいと思います。

 

●カウンセリングを受けるまで

ストレスは実体がないので事例でご紹介します。当時40代後半だった男性会社員、仮にKさんとします。クリニックにいらっしゃったきっかけは、胃腸の症状と睡眠の問題でした。最初は内科に行って胃薬を飲んだり、胃腸科に行って胃カメラ検査をしたり、大学病院で詳しい検査を受けたけれども、何もありません。でも症状はあるということで、紹介されて私が当時勤務していた精神科に来ました。

まずは精神科医が診療し、薬を試してもよくならないということで、最終的にカウンセリングをするために私がお目にかかりました。当時は今より精神科のハードルは高く、本人にとっては精神科に来ること自体がストレスだったようです。カウンセリングとは

「おしゃべりセラピー」です。おしゃべりをしながら、その方が何に困っているのか、その方自身がどういう人なのかということを理解していきます。

ただ、カウンセラーである私がKさんのことを理解するのでは意味がありません。Kさん自身が気づいていった彼の人となり。1つ目は真面目で几帳面、手抜きをしない方ということ。2つ目が特徴的で、「べき思考」といわれる、「~べき」「~ではならない」という考えが頭にある方ということです。

 

●「べき思考」とは

自分に対しても他人に対しても非常に厳しいのが特徴です。問題は自分一人で解決するべきだと抱え込んで、頑張ってしまうので、ずっと緊張しているのです。

精神科の薬の99%は、何らかの形で緊張をとる薬です。緊張もバランスがとれていればいいのですが、ずっと緊張しているのはよくありません。「お休みの日は何をしているんですか」と聞いたところ「お休みの日にするべきことをしています」ということで、家の中にも「べき」があるわけです。例えば、靴箱を開けて靴がきれいにそろっているか、たんすの靴下の色系統がバラバラなのは嫌だし、食品は賞味期限内に食べるべきだというこだわりもあって、家中をパトロールするのです。それらは妻がやるべきだということから妻を呼びつけて指摘し、一つ一つ修正させ、お休みの日が楽しくないことに本人は気づくわけです。

認知行動療法は非常に単純で、一生懸命考えるのではなく、何が起きているんだろうということに気づくということです。Kさんの場合の犯人は「べき思考」でした。

 

●自動思考という概念

認知行動療法の「行動」は、外から見てわかるその人の振る舞いのことをいうのですが、「認知」は頭の中の現象として私たちが体験するものをひっくるめて認知といいます。例えば記憶も知識も認知です。

認知とはすごく幅広い概念ですが、その中の一つに「自動思考」というのがあります。瞬間に頭をよぎる考えやイメージのことをいいます。普段私たちは自動思考に乗っかって生活していて、疑ってはいません。例えば、信号で青になった、渡ろうとしたときに、青で渡ろうと思ったけど本当かなと思っていたら生活が不自由になります。何か不調が起きているときは大体、自動思考が悪さをしているときです。

自動思考は、気づこうという構えがあると気づけます。Kさんには「べき」とか「ねばならない」が自動思考として出ることに気づいて、その数を数え、体調とともに記録をとってもらうと一目瞭然です。「べき」が多く出ている日のほうが体調を壊していたのです。彼が一番気づいたのは寝つきの問題。寝る支度をして横になるという普通の人にとっては至福の時にも、「今日あれをやるべきだったのにやっていなかった」とか「あしたのやるべきことは何か」などと考え、眠れなくなることがありました。

このように、何が起きているのかということに気づくことが重要です。そして、多過ぎるものは減らし、少な過ぎるものは増やす、それだけです。悪さをしているものに気づいたら、手放せばいいのです。

緊張の緩め方をKさんは知りませんでした。精神科の薬で緊張を緩めることはできますが、自分で緊張を緩めるやり方を身につけていただきました。土日に妻と一緒に過ごしているなら、家の中のパトロールではなく、楽しい活動を増やしてもらいました。カウンセリングには即効性はなく、特に症状が出た後だと1年ぐらい必要になりますが、Kさんは治したくて通われたので症状は全部なくなりました。

1年間通って人柄が変わるとか、そういったことはありません。カウンセリングに通うことになる方には真面目な方が多いですが、ベースにある真面目で几帳面な点は変わりません。癖なので「べき」が出なくなることもありません。でも、気づいてちょっと手放す、緩めるということはできるようになるのです。その程度で十分なのです。

Kさんは「自分にストレスがあるべきではない」と、そこにも「べき」があったように思うと言っていました。ストレスはあるものなのだから、認めてつき合ったほうが楽だということがわかったようです。

 

●メンタルヘルス

体調も気持ちも、理想としてはいつも絶好調でありたいですが、よかったり普通だったり不調だったり、自分がどこにいるのかを気づいていることが大事なのです。認知行動療法では、自分の状態に対する観察や気づきを「モニター」という言い方をします。

単に調子がいいか悪いかだと大ざっぱなので、点数をつけるといいです。0が最悪、100が絶好調、50が可もなく不可もなくで考えます。今日の体調は何点で、メンタルヘルス(心の健康)にも点数をつけ、さらに心理学では「外在化」というのですが、頭の中で思っているだけではなくて書き出して、今日の自分は何点なんだと客観的に見るのです。

1年365日生きていれば、日々いろいろな状態になるものです。それに気づいていることが重要で、できれば毎日、時間を決めて記録し外在化しておくことは、役に立ちます。

月ごとに横軸が日付、縦軸が点数のグラフを作れば、年間の自分の体調の変化と気持ちの波が見えてきます。大体この時期に私は落ち込みやすいとか、体調を崩しやすいということがわかっていると、ケアがしやすくなりますので、続けていただけるといいなと思います。

 

●ストレスへの気づき

ストレスは、メンタルヘルスの足を引っ張ります。ご自身のストレスについて考えるときは、ストレッサー・ストレス反応・人間関係(ソーシャルサポート)の3つに分けて、気づきを深めていただきたいと思います。

「ストレッサー」とは、私たちに降りかかってくるストレスの犯人みたいなものです。ストレスは「大きなものから小さなものまで、また1回きりのものから継続するものまで、多種多様である」のです。1回きりの大きなストレッサーはわかりやすいですが、継続する小さなストレッサーに本人が気づけるかが重要です。

実はネガティブなことだけではなくて、ポジティブなこともストレッサーになるのです。ネガティブなことがあったときは、「乗り切らないと」、「頑張ろう」と気を引き締めますが、ポジティブなことがあったときはそのようには思いません。しかし、結婚、出産、希望どおりの就職、昇進など、世の中的には「よかったね」ということを体験した少し後から具合が悪くなるパターンは結構多いので、今後いいことがあったときに8割は喜んでいいですが、ちょっとだけ頭の片隅に警戒があるだけで全然違ってくるので覚えておいてください。

「生きている限り、ストレッサーが“ない”ということはあり得ない」、これはすごく重要なのです。私たちは生き延びるためにストレッサーを脳がキャッチするようにできているのです。したがって、ストレッサーはある前提で、今の自分にはどういうストレッサーがあるのかを見つけてほしいのです。

 

●ストレス反応

「ストレス反応」とは、ストレッサーが降りかかってきたときに、心や体に生じるいろいろな反応のことです。これは個人差が大きく、同じことが降りかかってきても、反応の出方は人によって全然違います。

ストレス反応は体に出るので、体の反応に敏感になっておきましょう。そういえばあのころから頭痛がしていたとか、じんましんが出ていたとか、微熱が出ていたとか。慌てて病院に駆け込むほどの症状じゃない程度の変化が起きているのです。どこに変化が出るかは、個人の体質と関係があるので、自分の体のどこにストレス反応が出やすいのかを知っておきましょう。

体に生じる反応で、睡眠は非常に重要です。寝つきが悪くなる方、寝つけるけれども中途覚醒といって途中で目が覚めてしまう。あるいは、熟眠障害といって寝ているけれどぐっすり寝た気がしない。眠りの質が悪くなってしまう方もいれば、逆にすごく寝てしまうという過眠の方もいます。

飲食にもストレス反応は出やすく、食べられない、飲めない、興味がない、要らないという方や、飲食が止まらなくなる方もいます。胃腸はストレス反応がダイレクトに出やすいところです。胃が痛いとか、げっぷをしやすくなるとか、便秘と下痢を繰り返すとか、ガスが出やすくなるなどの症状も出やすいです。

反応は個人差が大きいので、内臓系の人もいるし、骨格系の痛みや凝りの人もいれば、皮膚、じんましん、かゆみ、髪が抜けやすくなるなど、いろいろです。気分や感情も、落ち込みやすくなる方もいれば、怒りっぽくなる方など、それぞれ違います。

ストレス反応というのは、気合いで乗り切れば何とかなるという人がいますが、気合いじゃありません。脳の視床下部というところがストレッサーをキャッチするようにできていて、脳の下垂体や交感神経という自律神経を構成している神経から、脳や体の中にコルチゾールやアドレナリンやノルアドレナリンという物質が放出され、免疫系と心臓血管系と血糖レベルに影響が出るという経路がわかっています。ですから、ストレス反応は気合いや心の持ちようの話ではなく、脳と体の反応だとお考えください。

人間関係はストレッサーとしても大きいですが、ストレス反応を抱えて苦しい自分を助けてくれるのも人間関係だったりします。一方で、もっと突き落としてくる人間関係もあったりするわけです。自分のストレスについて考えるときに、人間関係が今どうなっているのか、ということに気づきを向けていただくといいかなと思います。

 

●ストレスマネジメント

よく「ストレス解消」といいますが、私たち専門家は「解消」という言葉は絶対に使いません。生きている限りはストレスと無関係ではいられないので、解消という発想ではなく、「つき合っていく」という発想を持ちます。

ストレッサーやストレス反応に対する意図的な対処のプロセスのことを、「コーピング」といいます。無意識ではなく、自分のために意図してやることがすごく大事です。

例えば、ストレス反応として、食べたくないのに食べてしまう過食。これは意図を伴いません。しかし、わかっていてやるやけ食いや、自分をねぎらったりするためにスイーツを買って帰ることは、意図を伴っているからコーピングになるわけです。意図が大事だということを押さえてください。

 

●コーピング

コーピングには、認知的なコーピングと行動的なコーピングがあります。認知的なコーピングは頭の中でやる自分助けで、行動的なコーピングは体の動きを伴う自分助けです。

例えば、仕事でミスをして落ち込んだとき、頭の中で反省会をすることがありますが、頭の中でやっているから認知的なコーピングです。その内容を忘れないようにメモするのは行動的なコーピングです。仕事が終わったらお友達を誘ってご飯に行こうかなと、少し先のことをイメージして自分を励ましたりすることは、認知的なコーピングです。そこでメールを送れば行動的なコーピングです。意図的な対処であれば、何でもコーピングなのです。

したがって、犯罪者も、むしゃくしゃして痴漢をした、痩せたいから覚醒剤を使った、意図的な対処だからコーピングです。しかし、「コーピングなら仕方ないよね。」とはなりません。お金や時間をかけない、体に悪くない、自分が後悔しない、他人に迷惑をかけないことが望ましいコーピングです。

心理学でコーピングの研究はいろいろされていて、結論はすごくシンプルです。コーピングレパートリーといいますが、質よりも数が多いほどよく、小さなものでいいから、とにかくたくさん用意して、いつでも使えるようにしておきます。多くのコーピングをレパートリーシートに書き込んで仕上げてください。外在化しておくことがすごく大事なのです。

作ったリストは持ち歩いて、このストレスにはどのコーピングがいいかとマッチングさせて使い続ける、これを行うことで、ストレス耐性がすごく上がります。

 

●認知行動療法

皆さんの頭の中に残したい言葉は、「コーピング」と「自動思考」の2つですが、自動思考に関しては、とにかく気づきが大事です。今こんな自動思考が頭をよぎったということに気づくことがすごく大事です。

今自分にこんなストレッサーがある、それに対してこんな自動思考が出てきた、それに伴ってこんな気持ちになった、体にはこんな反応が生じている、それに対してこういう行動をとっているという、この気づきがすごく重要です。

自分の外側の環境は、意図的に変えることができず、直接コーピングできません。天候を変えるとか、苦手な上司をいい人にするのは無理です。そうすると、それに対する自分の反応を工夫していくことになるのですが、実は気分や感情身体反応はコーピングができないのです。なので、こんな悪循環が起きているんだなということに気づいた上で、その悪循環から自分を救うために認知と行動でコーピングをして自分を救おう。これが認知行動療法の考え方です。

 

●自動思考を冷静に見つめる

一番重要になってくるのは自動思考です。メンタルヘルスが落ちていくときは、大体自動思考が悪さをしているのです。うつ状態の人は、ことごとく自分を攻撃する自動思考ばかりで、私なんか生きていてもしようがないとか、みんな私のことが嫌いなんだとかという自動思考が自分を攻撃するわけです。けれども、その自動思考の言いなりになる必要は全くないわけで、「そういう自動思考が出ちゃった。」と置いておけばいいわけです。これが実は今、うつ病の予防として役に立つということがわかっています。

心理学的に「反すう」といいますが、ぐるぐる思考に持っていかれやすい人がいます。それはまさに自動思考にやられているのですが、それをうのみにする必要はないということを知っているだけでも全然違います。イメージ的には「おしまいだ」に飲み込まれずに「ってまた思っちゃったね、私」という置き方ができると、それ以上持っていかれない。これがうつの予防として重要なのです。

 

●マインドフルネス

今までしてきた話と一緒で、自分の反応、自動思考、気分や感情、体の反応を見るもう一人の自分を作りましょう。そして、どんな自動思考が出てきても受けとめる。どんな感情やどんな自動思考に対しても、ダメ出しや評価は加えません。受けとめて、それで終わりにする。これがマインドフルネスです。

「葉っぱのエクササイズ」という、自動思考に対する一番ポピュラーなマインドフルネスのワークがあります。まず目の前にゆったりと川が流れているイメージを作ります。その川の流れに葉っぱが1枚、また葉っぱが1枚、と流れているイメージをキープしながら、少しだけ注意を自動思考に向け、その自動思考をキャッチしたら葉っぱに乗せる、また次キャッチしたら葉っぱに乗せる、ということをします。要するに、何が出てきてもそれに対してそれ以上追求しないで、葉っぱに置く。これだけです。

すごく地味なワークですし、即効性はありませんが、半年~1年続けてみると、今までよりも自動思考にやられなくなっている自分に気づくと思います。嫌な思考が出てくる人は「考えないようになりたい」と言うんですが、これは心理学的に無理なのです。思考抑制というのですが、それは絶対リバウンドするとわかっています。出てきた自動思考や気持ちを引っ込めない、そう思っちゃう自分を責めたりせず、置いておけばいいのだということだけ覚えておいていただければと思います。

 

●まとめ

一番最初にご紹介した、点数をつけるだけでもいいのです。あれだけでも続けていただくと役に立ちますし、いろいろご紹介した中で、ご自分で1つでも2つでも取り入れて使っていただきたいと思います。

 

□質疑応答

○質問:トラウマエクスポージャーという、嫌だったことを話して意味づけするという治療法は効くのでしょうか。

○伊藤:トラウマエクスポージャーは、安心して話せる相手、その話を相手にして、絶対に自分が傷つけられないということがわかっている相手との間であれば意味があります。そういう相手とそういう場を作ること自体が大事です。

○質問:落ち込んだとき、自己啓発本など気分がよくなるものをエナジードリンクみたいな効果で読んでしまったりするのですが、そういうことをやめるにはどうすればいいでしょうか。

○伊藤:自己啓発本も悪くはないですが、無理やりなポジティブシンキングに使いがちで、心理学的には無理やりなポジティブシンキングはよくありません。むしろ、マインドフルネスのような感じで、落ちているときは落ちている自分を認めて、受け入れるほうが効果があります。

○質問:夫や娘がストレスにさらされていて、娘はすごくにきびができますし、夫は娘との関係を全く断絶していてすごく悩んでいます。今日のお話から、ソーシャルサポートというところで私が慰めてあげることしか思い浮かばないのですが、何かいい方法があれば教えてください。

○伊藤:まず、自分がどういうストレスを抱えているかということを共有するのが大事で、そういう意味では愚痴もすごく大事です。なので、愚痴が言える家庭になるのは大事かなということ、コーピングの話は共有しやすいので、コーピングについて伝えていただいて、私にはこういうコーピングがあるとか、自分にはこういうコーピングがあるんだというように、話題の中に使っていただくといいかなと思います。

○質問:親と話すと時々傷つくようなことを言われるときがあり、寝る前に結構辛辣なことを言われて気にしがちです。そういう場合は自分を励ますために好きな曲を流して聞いたり歌ったりしていますが、自分を鼓舞するような何かよい方法はありますか。

○伊藤:音楽はいいですけれども、実際に音楽を鳴らしてしまうより、認知的に頭の中で音楽を流せるようにしておくというのも一つ使えるのと、嫌なことを言われてつらくなったときに、ご紹介した「葉っぱのエクササイズ」。言われたことにとらわれているその思いを、葉っぱに乗せるということを習慣にしていただくと、今までよりとらわれづらくなるかなと思います。


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