令和元年度DV防止講演会(第1回)講演録②

 東京ウィメンズプラザ令和元年度配偶者暴力(DV)防止講演会(第1回)

これもDV(配偶者暴力)?!“不機嫌”という名の暴力

~家庭内「モラル・ハラスメント」を知り、本当の自分を取り戻す~

 

講演②&ワーク 「心を癒やすための一歩~できることからやってみる!セルフケア」

講師 浅井咲子さん(アート・オブ・セラピー代表)

 

私は、個人でアート・オブ・セラピーというカウンセリングルームをやっております浅井咲子と申します。どうぞよろしくお願いします。

今日は皆さんと一緒に、「神経」という観点から見て「癒しとはどういうことか」を共有させていただきたいと思います。休憩前の講演①では、モラルハラスメントについて色々学んでいただいたと思いますが、皆さん、ここからは“遊び”だと思ってください。と言うのも、自律神経系への働きかけという点では、“遊び”が非常に大事な役割を果たしますので。今日は「誰でも簡単に自分でできるセルフケア」をテーマに話を進めていきたいと思います。

 

●『温度計』、『炭酸水』、そして『カンガルーの親子』

お手元の資料2ページ目には、「温度計」「炭酸水」「カンガルーの親子」のイラストが書いてあります。「温度計」は、サーモスタット(温度調整機能)を表しています。これはエアコンで例えると、室温の設定を25度にした場合、28度になったら3度下げ、23度になったら2度上げ、設定の25度に戻してくれる役割を果たしてくれるものです。我々の体にこの調整機能が入っていると、非常に楽に毎日を過ごすことができます。

次に「炭酸水」。キャップをしたまま振られた炭酸水のボトルのイラストは、私たちの体の中に緊張や警戒、興奮などがある状態を表わしています。このペットボトルのキャップを開けたとしたら、どうなるでしょうか?突然中身が噴出してきて、服を汚してしまったりしますね。そうならないためには、ボトルの中の炭酸(気泡)をうまく解放してあげることが重要だということがわかりますね。 今日、皆さんに紹介したいのは主にこの2つの話なのですが、もう1つのイラスト「カンガルーの親子」を見てください。これは、自分の中に“癒しのシステムを作ろう”ということを表しているのですが、この点については後ほど少しだけ触れたいと思います。

まず、前半は理論編として“神経の仕組み”についてお話しします。今日お伝えする内容は、災害時の被災者支援にも非常に役立つ情報です。3.11のあと、福島の皆さんとは合計で8回くらい共有させていただきました。後半は実践編です。体験型ワークショップとして会場の皆さんと一緒に、ちょっとした“遊び”をやってみたいと思います。

●アクセルとブレーキのバランス

それでは、最初に「神経」のしくみについて解説しましょう。神経の興奮とリラックスのバランスが整うと、状況への対処が上手にできるようになります。そして、自分に自信を持ちやすくなり、相手との対等な関係や健全な境界を築くために動きやすくなります。相手との関係性について言えば、距離を縮めるだけでなく、距離をとることによってその関係性が良くなる場合もあるので、“自分にとっての適切な距離”を掴むことが大事です。自立に向けて動けるようになると、“依存”が少なくなるということも起きてきます。仕事や地位への依存がなくなっていくと、心地良さを感じることができ、そのことは、不安、心配、落ち込みの軽減やトラウマの予防、ケアにも役立ちます。

ここで「神経」と言っているのは自律神経系のことですが、これは体全体に通っている末梢神経系のことを指します。自律神経系の主な役割はアクセルとブレーキです。興奮の神経はアクセルで、身体が動き出せるように各器官を準備し、呼吸や血圧を上げたり、瞳孔が拡大したりします。交感神経が働くと“戦うモード”になるわけです。

ある程度交感神経が働くと今度は、リラックスして体を“お休みモード”にするために、副交感神経が働きます。これは、ブレーキのような働きをして体の器官の動きをゆっくりさせ、休息の状態に持っていってくれます。このように交感神経の活性化と副交感神経の脱活性化を繰り返すのが、しなやかで柔軟な神経ということになります。

 

●トラウマと交感神経の関係

まず、トラウマについては、出来事そのものの重大さではなく、「個人の神経系にとってその出来事はどうだったか」ということが問題になります。トラウマになり得る原因には、「Too much=許容量より多過ぎる、大きな衝撃」、「Too soon=発達段階にとって早過ぎる」「Too fast=速度などが速過ぎる」があります。トラウマ的な出来事が起きると、交感神経の強い活性化のため過覚醒や“強い怒りの状態”になったり、衝撃から体を守ろうとブレーキの役割を果たす副交感神経がきつく入ることにより“うつ状態”になったりします。そうなると途端に元気が失われ、体を支えているのも大変な状態になってしまうことも。そういう“非常事態”から、徐々になだらかな方向に神経を持っていくためのエクササイズを幾つか用意してきましたので、後ほど、皆さんと一緒に実践してみたいと思います。

次に、約25年前から、イリノイ大学のスティーブン・ポージェス博士が提唱している「ポリヴェーガル理論」についての説明をいたします。ひと口に“副交感神経”と言っても役割の違うものがあるという理論で、誰かと一緒にいることで安心・安全を感じたりする神経と、一人でリラックスしているときの神経は別のものです。前者を「腹側迷走神経(複合体)」、後者を「背側迷走神経(複合体)」と言います。「腹側」は、表情筋や喉のあたりを通っていて、「背側」はお腹を通っています。ですから、カフェでひとりゆっくりしたいときには「背側迷走神経」が働いていて、反対に誰かと一緒にいたいというときには「腹側迷走神経」が働いていることになります。

交感神経が過剰に働いているときの特徴は、冷や汗が出たり、眠れなくなったり、精神的に不安やパニック、躁状態で思考が駆け巡ったり、激しい怒りを爆発させたりします。副交感神経系が過剰に活性化しているときには、鬱状態で極度の疲労、無感覚、消化不良、心拍も血圧も低くなり、免疫も下がって風邪を引きやすくなったりします。そして、これらは同時に活性化することもあって、その場合、アクセルとブレーキを一緒に踏み込んでいるような状態になります。そのため、鬱(低覚醒)なのに不安(高覚醒)にさいなまれるとか、筋肉に力が入らない一方、どこか一部がひどく強張ってしまうとか…相反する症状を繰り返し呈するようになります。

モラハラのような日常的なストレスを受けた場合、我々が使う“生き延びるための手段”としては、「戦う、逃げる、凍りつく、服従する、助けを求める」というものが挙げられます。モラハラをするような人(ハラッサー)は、この「戦う、逃げる、凍りつく、服従する、助けを求める」という部分が断片化されて存在するため、或る所では非常に“良い人”で通っていたりします―例えば、大きな企業にお勤めしていたり、先生と呼ばれている立場にあったり…。ハラッサーは、親密な関係の中にあって自分の立場が危うくなると「戦う」パーツが激しく暴走し、ふたりの間で対等な関係性を築くことができず、上下関係を作ったり、相手を支配したりすることで、その場を制しようとするのです。

 

●簡単にできる「対処のエクササイズ」

日常的にモラハラなどのストレスにさらされると、人は常に交感神経が優位な状態に置かれるか、恥や自責といった副交感神経が急ブレーキをかけているよう状態なります。本来の元気な自分を取り戻すためには、その状態から“抜け出すこと”が非常に大事になります。それができるようになると、次のステップに向けて心身ともに動きやすくなり、相手から少し距離を置く対処法も思い浮かんできたりするわけです。

それでは、皆さん、お待たせいたしました。ここからは、神経系を刺激するエクササイズをご紹介していきたいと思います。

まずは、温度調整機能です。神経系にサーモスタットの機能があると、興奮や緊張の後、落ちついて活力を取り戻すことができます。精神的にも身体的にもブレが少なくなり、穏やかで元気な状態でいることができます。

一人でできる“リラックスモード”からやっていきます。これは簡単で、腎臓のあたりに手を当てるだけです。腎臓は背中側あばらの下あたりに、左右対称についています。暫くこの動作(腎臓のあたりに手を当てる)をやってみて少し落ちついたなという感じがしてきたら、それは自己調整がうまくいっている証拠です。誰でもどこでも手軽にできるので、被災地などでもよくやります。

次は、“つながりモード”の腹側迷走神経を刺激しましょう。皆さん、ちょっと想像してください。船が港に出入りするときの音ってどんな音ですか?「ボォー」「ブゥー」、どちらでも結構です。その音をまねて大きい声を出してみてください。これで咽頭を通っている腹側迷走神経を刺激できます。

今度は、口呼吸で腹側を刺激したいので、口で「フゥーッ」と長く息を吐いてみます。呼気を使うことにより腹側を刺激してくれます。そして次には、顔のパーツの全部を内側(顔の中心)に集めるような、“ぎゅっ”とした感じの顔をしてみてください。酸っぱい梅干しやレモンを食べたときのイメージです。はい、“ぎゅっ”としたお顔で、お隣さんの顔を見てみましょうか、きょろ、きょろ、きょろ(笑)。こうやって笑うだけでも、実は腹側迷走神経を刺激できているのです。最後は手をグー、パー、グー、パー、握って開いてをするだけです。この動作をすると心臓の洞房結節を通っている腹側迷走神経を刺激できます。この5つのエクササイズ(①船の汽笛「ボォー」②口から息を長く吐く「フゥーッ」③顔を“ぎゅっ”④きょろきょろ左右に目を動かす⑤グー、パー、グー、パー手を握って開いてをする)をすることで神経を刺激し、腎臓に両手を当てることでリラックスする。これだけで神経の土台(先ほどの温度調節機能)ができ上がります。いろいろなストレスにさらされて、ちょっと調子が悪いなと思ったときにやってもいいですし、気づいたときにこれらのポイントを刺激してあげるのも、穏やかに生活を送るためには効果的と言えます。日常生活の中で、腹側迷走神経を意識してみてもいいかもしれません。「元気が無いな」と思ったとき、人がまばらに入っているカフェへ行ってみてください。心と体に違いを感じることができるでしょう。我々も哺乳類なので、“群れの中にいる”と感じることは、心身にとって大切なことなのです。

一方、背側迷走神経の休息・消化モードも大事です。つながりモードの腹側迷走神経が働くための前提条件として「カフェでほっとする」、「一人の時間を意識的に持つ」、「散歩する」、「好きな本を読む」等、これら“一人でいる神経”が充実していることが必要だからです。

 

●再び『炭酸水』、そして『カンガルーの親子』

ここでは、冒頭にご紹介した『炭酸水』に話を戻します。ペットボトルの中の気泡(炭酸)は、過剰に蓄積した「戦う」「逃げる」に使われるべき交感神経のエネルギーを表し、ボトルの中、気泡が充満した状態は、私たちの心身に高いストレスがかかっていることを示しています。中身が溢れ出すことを防ぐためには、そこにかかっているストレスを適度に発散させる必要があります。「ストレスがたまっているな」と思ったときに、例えば資源ごみの日、たまった紙類をビリビリ破ったり、ペットボトルを思い切り音を立てて潰したり、緩衝材(パッキン)のプチプチを潰したりするだけでオーケーです。運動、ダンス、歌、アート、演劇も効果的ですが、その強度にはくれぐれも注意してください。どれもやり過ぎると疲れてしまって逆に「強い凍りつきモード」に入ってしまうことがあるからです。

『カンガルーの親子』については時間の関係上、簡単な紹介にとどめます。トラウマなどのストレス下に置かれたときに、自分の中に“健全なカンガルーの親子がいる状態”を作ることで、自分らしく、再び生きることを取り戻すという内容で、近々翻訳本が出る予定です。ご関心のある方はそちらをご覧ください。

●5つのエクササイズを実践

それでは、いよいよ実践編です。5つのエクササイズが入った本『「今、ここ神経系エクササイズ」~はるちゃんのおにぎりを読むと他人の批判が気にならなくなる』を読みたいと思います。絵本つきのお話になっているので、子供への読み聞かせに使えますし、被災地支援等で様々な年代の方に向けて使っていただくのもいいかもしれません。

〈本の朗読〉

はるちゃんは、お空を見るのが大好き。おにぎりはもっと好き。ボーっと白い雲を眺めていたらおにぎりに見えてきました。(ボーっというところで、「ボー」と言ってみてください)。ボーっと白い雲を眺めていたら電話が鳴りました。「もしもし、あらまあ、お大事に」。はるちゃん、おばあちゃん病気だって。はるちゃんはいつも優しいおばあちゃんのお見舞いに行きたくなりました。おばあちゃんに何を持っていってあげようかな、折り紙かなカードかな。でも、やっぱりおにぎりをつくってあげよう。ボーっとしてはいられません。はるちゃんは熱々ご飯をふう(息を吹きかけてください)、中身は何にしようかな。おばあちゃんは梅干しをよく食べていたな、梅干しにしよう。きょろきょろ梅干しを探します。(きょろきょろしてみてください)。梅干しのかめを開けたら酸っぱいにおい。(酸っぱいだろうなと想像して、やってみてください)。はるちゃんは酸っぱい顔顔をぎゅーっ)になってしまいます。ご飯に梅干しを入れてにぎにぎ。(実際におにぎりを握る動作をしてもらっても、グーパーしても、どちらでもOK)。できた!(こういう「できた!」「やった!」が鬱病の予防になります)。

はるちゃん、おにぎりを持って出かけます。急いで持っていくぞ。テレビで見たヒョウやチーターの気分。そんなに急いで大丈夫?(ヒョウやチーターになって走るのを想像してみてください。炭酸水のところです。エネルギーの解放になります)。あっ、いけないと思ったときには、はるちゃん地面にどったん、おにぎりは潰れてしまいました。はるちゃん、泣かないようにしようと一生懸命、でもぐちゃぐちゃのおにぎりを見たら悲しいし、どうしたらいいかわからなくなってしまいます。

「はるちゃん、大丈夫?」。近所の山田さんです。「痛かったね、泣いてもいいんだよ」。はるちゃんは山田さんのエプロンの中で泣きました。(泣いてエネルギーが解放されることにより、交換神経の緊張がおさまります)。しばらく泣いたらすっきり、山田さんにありがとうを言ってまたおにぎりをつくります。よし、今度はもっとおにぎりを早くつくるぞ、ボーっとしてはいられません。ご飯をふう。きょろきょろ梅干しを探します。

そのころ、おばあちゃんははるちゃんを待っていました。おばあちゃんちを目指してはるちゃんは進みます。おにぎりをしっかり持って、今度ははるちゃん慎重です。(失敗してもまたやるというのは、神経系が柔軟な証拠です)。あっ、おばあちゃんちが見えてきた。おばあちゃんが窓から手を振っています。はるちゃんの姿が見えてうれしそう。おばあちゃんもはるちゃんも元気になるように、おにぎりをおなかいっぱい食べました。「ああ、おいしかった」。

ということで、こういう5つのエクササイズが入ったお話でした。

 

最後になりましたが、これから「こころのcareダンス」(http://resilience.jp/kc-dance)というDVDを上映させていただきたいと思います。活性化と脱活性化を繰り返す自律神経系の話を中心に進めてきましたが、「こころのcareダンス」は皆さんの神経をなだらかにする効果のあるダンス動画で、ユーチューブでもご覧いただけます。これまで紹介してきた5つのエクササイズも取り入れた内容となっています。できる範囲で構いませんので、DVDを見ながら、動作をまねて実際に動いてみてください。

 

〈DVD上映〉

 

「こころのcareダンス」いかがでしたか。

実は、このDVD、腹側迷走神経を刺激しやすい音を集めて作っているのです。元気が出ないとき、落ち込んでいるときにやってみましょう。今度は、目をきょろきょろしてみましょう。ネガティブな思考に入り込んだときに、腹側迷走神経を刺激してみます。口呼吸をしてみましょう。下唇に響かせるような感じで、細く長く呼吸します。次に、手をグー、パーです。そうです、皆さん、いいですね。今度は、鎖骨の下のあたりを、やさしくこんな感じで押してみます。これは「TFT思考場療法」の手法で、気持ちを落ちつかせることができます。さて、次は梅干しの顔です。ぎゅっと、やってみてください。今度は体の動きもついてきていますが、いわゆる“空手チョップ”するところ、手ひら小指側面を反対の手(人差し指側面を使って)で、トントンしてみます。この動作は不安が強いとき、特にお勧めです。次は、腎臓タッチです。背中側あばら骨の下あたりを両掌でタッチしてみましょう。こうすると不安がおさまり気分が穏やかになります。これが「こころのcareダンス」の基本動作の説明です。

神経系のことについてもっと深く知りたいという方は、各地で色々な講座を実施していますので、もし良かったら、ブログなどチェックしていただき、是非ご参加ください。

 

皆さん、本日はお疲れさまでした。そして、ご清聴ありがとうございました。


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