講演録「ミニ講座①」

【ミニ講座1】 「DVとは?~DVに気づくために

講師 西山さつきさん(NPO法人レジリエンス 代表)

 

意外と身近な問題「DV」とは?

「DV」は英語のドメスティック・バイオレンスの略で、3人に1人の女性が配偶者からの暴力を経験している(平成29年度内閣府調査)という状況はもう何年も続いていて、このことは私たちの身近なところで多発していることを表しています。DVは夫婦、内縁関係、恋人間、同性同士のカップルや不倫関係等さまざまな関係性の中でも発生しています。しかし、当事者からの声がなかなか聞こえてこないのは、本人が気づいていなかったり、気づいていても言えなかったり、助けを求められなかったりして表面化していないためです。

 

特徴的な「DV」の関係性:「権力」と「支配」

良い人間関係の要素として「平等」「尊重」「安全」が挙げられますが、DVなど暴力のある関係性の中では、これと真逆のことが起きています。DV被害にあっている人のエネルギーや時間の多くは「安全」を確保するために使われてしまい、その人が本来持っている能力を発揮することができません。それは、被害者と共にいる子供たちについても同じです。

「DV」の関係性の1つ目の特徴は、一方が権力を持ち、もう一方は力を持つことを許されない不平等な“権力”の差という関係性で、2つ目の特徴は“支配”で、権力を持つ者が持たない者を自分の思いどおりにコントロールすることです。この支配のために使われるのが「暴力」です。暴力は、身体的暴力のほか、経済的暴力、精神的暴力など、さまざまな手段が用いられます。身体的暴力がない場合、暴力を受けているという感覚を持ちにくいこともありますが、精神的暴力でもその破壊力は同じで、心や体に与える影響はとても大きいです。また、精神的暴力だけの場合は、「モラル・ハラスメント」と表現することもあります。

「支配」と「権力」は、色も形のないものです。例えば、部屋にテレビが1台あり、それを何人かで共有している場合、そこに“チャンネル権”という権力が生じます。全員平等に“チャンネル権”があれば「何を見る?」とか「チャンネルを変えるね」とか言うでしょう。ところが、ひとりが突然リモコンを取り上げ、自分勝手にどんどんチャンネルを変えていく。そのような状況において、誰も何も言うことができないでいると、その部屋の“チャンネル権”はリモコンを持った人が握ったことになります。「すごく見たい番組があるんだけど・・・」と勇気を出してリモコンを持った人に言っても、その人がキレたり、リモコンを壁に叩きつけたりするかもしれません。また、「怖いな」、「面倒くさいことが起きそうだな」と思ったら、見たい番組を諦めるかもしれません。これはまぎれもない「暴力」です。ところが、次の日、友達にその話をすると、「その人、ちょっと疲れていたんじゃない?あなたも優しくしてあげるといいと思うよ」とアドバイスを貰うことがあります。

例えば、私が今この会場で突然キレ始めて、怒鳴ったり、暴れたりしたら、どうなりますか?恐らく、私は、ここから引きずり降ろされると思います。なぜなら、それはしてはいけないことだからです。大勢の人の前でしていけないことは、家の中でも、2人の関係の中でも、してはいけない。その基準は変わってはいけないのです。

しかし、家の中や2人の関係の中での暴力を「少しはありだよね」と感じる“暴力容認”の気持ちが私たちの中にあり、それがDVなど暴力の背景にある社会の問題なのです。だから、DVのことは当事者だけが知っていれば良いことではなく、全ての人がしっかりと知っておかなければなりません。「決して暴力を許さない」という気持ちを高めていかなければならないと思っています。

夫が妻を殴ったDVのケースで、夫が「反省はしています。でも、相手にも問題はあります。家の中が散らかり放題で余りにもひどいから、ついカッとなって暴力を振るってしまったのです。」と話したとします。周りの人は、「暴力は良くない。でも、そこまで掃除ができない人にも非があるよね。殴った人も悪いけれど、殴られた人もそれなりに悪かったんじゃない?」と考えるかもしれません。ここで注意すべきは、どんな問題にも“暴力以外の解決方法”が必ずあるということです。このケースでは、話し合う、断捨離する、掃除当番を決める、家事代行サービスを頼むなどです。殴る以外の方法があるのに、選んではいけない“暴力”という手段を選んだこと-それが暴力のたった1つの原因です。

暴力を振るう人は「お前のせいだ」、「お前がダメだからだ」と言って暴力を振います。昨日OKだったことが今日はNGになり、「お前のせいだ」と言われて暴力を振るわれる。それが繰り返されると、被害者は「自分が悪かったから仕方ない」、「自分がダメだからだ」と思うようになります。暴力を振るっても良い理由など一つもなく、暴力を振るわれても良い人なんて一人もいません。「暴力」はあってはならない方法なのです。ですから、皆さんの周りでDVに限らず何らかの暴力を経験し、「自分がダメだからだ」、「自分が悪いからだ」と思っている人がいたら、「あなたは悪くないよ」、「あなたは暴力を振るわれて良いはずがない」と言葉をかけてください。周囲の人が「知識を身につける」こと、行動を起こしていなかった人が「行動を起こす」こと、それがとても大事なアクションになっていきます。

 

加害者の特徴

加害者の特徴は、いつでもどこでも暴力的なわけではなく、外向きには非常に良い人で、その配偶者やパートナーにだけ暴力的という二面性を持つことです。だから、周りの人にDVの本質が伝わらないのです。

レジリエンスでは「支配があるかどうか」のチェックリストを作っています。このチェックリストの項目に該当したからDVというわけではなく、“見えない支配”を感じ取ってもらうためのものです。これに幾つか該当するときに、「この問題は相談できる先があるよ」と周りの人が声掛けをし、支援につながる手助けをしてくれたら良いなと思っています。

 

暴力の種類

身体的暴力のほかに、性暴力があります。性暴力というと見知らぬ人からのレイプを思い浮かべるかもしれませんが、本当の意味で同意をしていない性行為は性暴力として扱わなければなりません。避妊に協力しない、性感染症の感染なども性暴力に含まれます。

経済的暴力は、お金に関してとても細かいことを言います。例えば、水の使い方に文句を言う、買物のレシートを確認して納得しないとお金を渡さないなどで、キレたらキャッシュカードをストップすることもあります。

精神的暴力は、無視する、怒鳴る、当たらないように物を投げつける、みじめな思いをさせる、さげすんだ扱いをするなどです。

デジタル暴力は、インターネットやスマートフォンを使った暴力で、今、若い人たちの間で非常に問題になっています。ストーカー行為の材料に使われることもあります。連絡が来たらすぐにレスポンスしなければいけないというルールで縛って支配したり、ネットやSNS上に上げて欲しくない動画、画像、情報などを勝手に上げたりします。

 

トラウマ

これらの暴力は、心に深い傷(トラウマ)を残します。一般的には相手と別れたら問題解決と思われがちですが、心の傷の手当てをしなければ、その後の人生を前に進むことが難しいと感じるケースも非常に多いです。

DVにはサイクルがあり、暴力の後、相手は優しくなることが多いです。しかし、それは長くは続かず、再び緊張感が高まって暴力が始まります。これを何度も繰り返すのがDVの特徴です。期間限定の優しさは、被害者が離れていくのを引きとめる手段であり、自分の罪悪感を和らげるためのものでもあります。優しく見せかけて実は支配しているのです。

「DVなら別れたらいいじゃない」と思うかもしれませんが、簡単に別れられないのがDVの難しさです。別れられない理由は様々ですが、トラウマティックボンディングという特殊な心理が絡んでいます。加害者は、暴力を振るった後、優しくなります。暴力と優しさという全く正反対のものが一方から他方に、ほぼ同時期に繰り返し繰り返し送り込まれると、人は「ここから離れられない」とか、「何とかここで上手くやっていかなければならない」という特殊な心理状況に陥ります。別れた後、暴力をふるった相手の元に自ら戻るという一見矛盾した行動も、このトラウマティックボンディングによって説明することができます。最終的に別れるまでに、よりを戻したり、別れたりを5~8回くらい繰り返すという調査結果もあります。支援する人は1回のサポートでは済まない、何度でも支援していこうという気持ちで寄り添っていただければと思います。

 

子供への影響

子供が親のDVを目撃することは児童虐待になります。それは子供にとって非常につらいことで、様々な影響が出ることがあります。また、DV家庭では、そうでない家庭に比べて身体的虐待、性虐待の発生率が高いという調査結果もあります。児童虐待やDVがある家庭を変えようという動きは非常に大事ですが、簡単にいかず、時間もかかります。

一方、 “安全”と感じられたり、“良い生き方”を見せてくれたりする大人が家以外の場所にいることが、その子にとって生きる栄養になることもあります。

ある女の子は家族の複数の大人から身体的虐待、性虐待を受けて育ってきました。隣に住んでいたお婆さんがそれに気づいて通報してくれましたが、介入は上手くいきませんでした。しかし、そのお婆さんは、その女の子に会うたびに「あなたはね、とても大事な子なの、大切な子なのよ。」と必ず声をかけました。女の子はその言葉を自分の手の中に集めて、暴力を受けた夜に耳の横でそっと手を開くと、お婆さんの声が聞こえました。そのことによって自分は生き延びられたと女の子は語ってくれました。このお婆さんのように、児童虐待の専門家ではないけれど、その子に係わろう、自分のできる範囲で助けようと思う大人が地域社会で増えたなら、助かる子供達はたくさんいるはずです。社会の中で子供を育てていこうという繋がりによって、人は回復していきます。人間関係の中で、残念ながら傷つきは発生しますが、それを癒やしていくのも良い人間関係だったりするわけです。

 

被害にあったときに

被害にあったときに大切なことは、専門の相談に繋がること、情報を得ること(自分に起きていることが何なのかが分かっているのと、分からないのとでは混乱の大きさが違ってきます。)、心のケアを受けたり安心して話したりできる場所を探すこと、子育てや法的なサポートを増やしていくことなどです。

 

●心的外傷後成長(PTG)という力

“私の人生はこうなるはず”という人生があったとして、そこにDVなどのトラウマとなる出来事が起きた場合、PTSDという傷つきによりいろいろな悪影響が生じ、想定した人生とは違う厳しい道を歩まなければならないことがあります。でも、人生にはそのほかにもう一つ、心的外傷後成長(PTG)という要素があります。例えば、私はDVを経験してこういう仕事をしていますが、その困難から逃げ出してきたことは私の人生の1つの実績です。今も壁にぶつかることはありますが、その時に「あの困難の中を頑張れた私だから、今度も乗り越えられるはず」と思えることが、私にとってのPTGです。傷ついた人達がPTGを感じられるような支援を社会の中に増やしていきたいと思っています。

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